徳之島にある黒糖焼酎の酒蔵(奄美酒類)を形成する一つ、中村酒造

  • 10月 31, 2021
  • 5月 22, 2022
  • 知識編
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徳之島の黒糖焼酎蔵元 中村酒造

中村酒造(共同瓶詰会社・奄美酒類の酒蔵の一つ)について解説

中村酒造は、徳之島西側の天城町(あまぎちょう)・平土野(へどの)にあります。

初代の中村資盛(なかむら・すけもり)氏は、旧東天城村・花徳(けどく)の地主だった蔀(しとみ)家の生まれで、分家して中村と改姓。

奄美群島がまだアメリカ軍政下にあった昭和22(1947)年に沖縄から杜氏(とうじ)を招き、小作地だった平土野の現在地に泡盛の酒造場として創業しました。

創業時の銘柄「富久盛(ふくざかり)」は、村役場の課長さんが審査員長になり、村内から公募したもの。

応募者の名前から「久」、資盛から「盛」の一文字ずつをとって名付けられました。

米はもちろん食料全般が不足していた時代のことで、黒糖をはじめ、サツマイモなど、手に入るものを何でもやりくりして焼酎を造っていたといいます。

奄美酒類の設立に伴い、「富久盛」をはじめ各社の銘柄は廃止となりましたが、蔵の事務所には、かつて徳之島の各蔵が造っていた代表銘柄と共同瓶詰銘柄「奄美(あまみ)」のラベルが額に入れられ、誇らし気に飾られています。

現在、蔵を切り盛りするのは、三代目の中村功(なかむら・いさお)社長。

功社長は東京の酒販卸での修行を経て帰郷し、平成13(2001)年に蔵入りしました。

杜氏を務めるのは、弟の裕(ゆたか)さん。

焼酎造り50年のベテラン杜氏だった叔父について5年間修業し、平成15(2003)年に杜氏を引き継ぎました。

奄美群島では、10月の末頃から冷たい北風が吹き始め、雨や曇りの日が増えて気温が下がり、雑菌を嫌う焼酎造りに適した条件になってきます。

蔵では毎年11月頃から造りを始め、翌1月頃から香りの良い黒糖の新糖が出始め、2月から4月にかけて、1日に2回蒸留を行う製造のピークを迎えます。

早朝7時から夕方までの作業が休日返上で続く繁忙期も、家族一丸となって造りに取り組んでいます。

原料の黒糖と米の比率は、約1.7対1。

麹(こうじ)はタイ米に白麹造りで、一次仕込みには腐食しにくく外気温の影響を受けにくいFRP(繊維強化プラスチック)タンクを使用しています。

二次仕込み以降はステンレスタンクを使用し、黒糖は量が多いため2回に分けて加えています。

造りで最も気を使うのは、もろみの温度管理だと造り手は語ります。

もろみの発酵の良しあしが蒸留時に得られるアルコールの量を左右するからです。

もろみの温度が上がり過ぎれば水冷のクーラーで温度を下げ、外気温が低い日は、もろみの温度が下がり過ぎないよう、仕込みタンクにウレタンを巻いて保温します。

もろみが発酵で温まってきたら、2枚巻いたウレタンを1枚外したりと、きめ細やかに面倒をみています。

蒸留は、常圧蒸留。

太くて高いネックを持つ蒸留機は、アルコール度数の高い原酒が取れるのが特徴です。

蒸気が強すぎたり温度が高すぎると雑味が強くなってしまうため、蒸留の際も温度管理に気をつけているそうです。

中村酒造株式会社 鹿児島県大島郡天城町平土野

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