奄美黒糖焼酎蔵「神崎産業」をご紹介

記念日に是非とも飲みたいコスパ最強の黒糖焼酎「古酒 白ゆり」

焼酎のブレンド酒といえば、いろいろな種類の味を重ね合わせることで、重厚な味わいになり、どちらかといえば、まろやかで飲みやすいお酒になるのが特徴である。

ブレンド酒を用意しようと思えば、別の焼酎を用意しなければならず、それだけ費用と管理コストがかかってくるのである。

そんな、手間暇とコストが非常にかかるブレンド酒の中で、最高にコスパの良いお酒を紹介してほしいと言われれば、真っ先に思い浮かぶのが、奄美黒糖焼酎「古酒 白ゆり」である。

なお、「古酒 白ゆり」は、沖酒造、竿田酒造、神崎産業の3工場の黒糖焼酎をブレンドして熟成されて、さらに、「古酒 白ゆり」は、樽貯蔵とタンク貯蔵のブレンド酒でもある。

そして、3年以上の貯蔵期間を経て商品化されているので、いわゆる、古酒ということは、十分熟成された焼酎である。

その味わいはというと、とても上品で高級感を感じ、口に含むと、相応な甘さを感じるが、40度もあるアルコール感が全くといっていいほど、感じられない、マイルドな飲みやすさの味わい。

そして何といっても、黒糖の芳醇な甘さが、とても優しい味わいで楽しむことができるお酒だと言えるのだ。

また、この焼酎は、お湯割り、水割り、ソーダ割り、ミルク割り、ロックなど、どのような飲み方でも美味しくいただくことができる。

「古酒 白ゆり」は、飲み方を選ばないお酒だということで、年中楽しむことができる、万能なお酒であると言える。

黒糖焼酎の中でも、こんなにたくさんの飲み方を楽しめる銘柄は、他には無いのではと思うくらいに、「古酒 白ゆり」は素晴らしい味わいである。

沖永良部島の魅力をご紹介

沖永良部島といえば、「秘境の楽園」だと言われており、まだまだ手つかずの自然の宝庫となっている。

今回の記事では、神崎産業の近くにある、沖永良部島の観光スポットをいくつか紹介していきたいと思う。

まず、沖永良部島は、奄美群島の中でも、南に位置する島で、徳之島(とくのしま)と与論島(よろんとう)の間に位置する。

沖永良部島は、琉球王国に支配されていたということもあり、沖縄色の濃い文化が残っている島となっている。

沖永良部島にも空港である、沖永良部空港があり、沖永良部島への飛行機でのアクセスは、鹿児島・奄美大島・沖縄から毎日就航している。

ここでは、沖永良部島の中でも、沖永良部酒造周辺の観光スポットについて、いくつか簡単にご紹介していきたいと思う。

有限会社神崎産業

神崎産業は、沖永良部島の西側の地域である、知名町の上の方に位置する、昭和25(1950)年に創業し

た老舗の蔵元になっている。

神崎産業では、現在は蔵の見学は行っておらず、工場を見学したい人は少し残念なことではあるが、沖永良部酒造に行けば、神崎産業で製造されたお酒が飲めるかもしれない。

後蘭孫八城跡(ごらんまごはちしろあと)

後蘭孫八(ごらんまごはち)は15世紀の島主、世之主に仕えた四天王の一人となっている。

世之主(真松千代)は西暦1400年ころ、沖永良部島を統治していた人のことである。

後蘭孫八は、平家の落人の子孫という伝説もあり、優れた築城家としても言い伝えられている。

後蘭孫八城跡は、その後蘭孫八の築いた城跡であり、石垣や自然石や巨木が醸しだす世界は島のパワースポットの一つとなっている。

あしきぶ公園

あしきぶ公園は、源流を中心にグランドゴルフ場や東屋が整備され、公園内の小川には水辺の生物や草花が自生しており、憩いの場として楽しめる。

あしきぶ公園は、古くからショージゴー(湧水場)として人々に崇められ、その聖水は先祖やかまどの神に捧げられており、生命を育んだ「神聖な泉」とされている。

あしきぶ公園は毎年、「あしきぶフェスタ」と呼ばれる、ロハス(健康的で持続可能な生活様式)をテーマにした催しものが開催されているので、沖永良部島と触れ合うよい機会だと言える。

中甫洞穴(なかふどうけつ)

知名町にある中甫洞穴は,沖永良部島の鍾乳洞の中にある縄文時代の遺跡で,奄美群島の最古級の土器である爪形文土器が初めて発見されている。

また、中甫洞穴では、墓も発見されており,当時の人々が洞穴を生活の場や墓域として利用していたことを示す遺跡として大変貴重なものとなっている。

中甫洞穴では、瓜形文土器、他に轟式土器、須恵器、人骨などが出土した。

瓜形文土器の発見で沖永良部の歴史は一気に縄文時代草創期まで遡ることとなり、奄美最古の遺跡として注目された。

神崎産業の歴史について

ここで、神崎産業のこれまでの生い立ちについて、述べて行こうと思う。

※ 本内容については、かなりの内容を、「あまみの甘み あまみの香り」鯨本あつこ・石原みどり著から引用しています。

神崎産業の創業は、昭和25(1950)年になる。 

                              

神崎産業は、代表兼杜氏の神崎ハツエさんと義母のスミさんの二人で造る、家内工業として始まり、創業時の銘柄「幸福(こうふく)」は、「お酒を飲んでお互いに幸福になろう。」との思いを込めて名付けられた。

「幸福」は、蔵のある知名町・上城(かみしろ)集落と隣の下城(しもじろ)集落、新城(しんじょう)集落の三集落を合わせた「にしみ」地区の地酒として愛されていた。

また、「幸福」は、島の反対側の和泊町・玉城(たまじろ)から牛で台車を引いて、焼酎を買いに来る人もいたのだという。

明治から昭和中期にかけて、「黒瀬杜氏(くろせとうじ)」と呼ばれる人々が大活躍している時期があった。

この人々は、南九州を中心に活躍した“焼酎造りのプロフェッショナル集団”である、

神崎産業では、昭和33(1958)年に、黒瀬杜氏である片平正博氏を招いて、蔵の設備を設計し、片平氏を招いた1年後の昭和34年(1959)年に、現在の蔵の基礎が完成した。

現在、神崎産業では、ハツエさんの息子で、保育園を営む忠光さんが、黒糖焼酎の造り全般を取り仕切っている。

現在、神崎産業の、代表兼杜氏は、神崎ハツエさんになっているが、実際には、ハツエさん本人に聞いてみると、ここ40年くらいは、焼酎造りを全くやっていないとのこと。

それゆえ、焼酎の造り全般について、味の管理自体も、ハツエさんの息子である、忠光さんが行っているため、いわゆる、忠光さんが、代表兼杜氏の仕事を引き受けているといったことである。

沖永良部島においても、生活水はもちろん、焼酎造りに必要な仕込み水などは、井戸や洞窟などの地下の水を汲みに行くなど、水の確保に苦労する場所もたくさんあったのだそう。

そんな神崎産業でも、現在でこそ、水道水を仕込み水に使っているが、上水道が整備される年までは、集落共同の暗川(クラゴウ)の水を使用していた。

ハツエさんは、差し込む太陽光を頼りに、地下の洞窟にある水場へ続く80段程の階段を何度も往復し、水を蔵まで運ばなくてはならなかったのだという。

このとき、ハツエさんが水を運ぶには、バケツを頭に乗せたり、天秤棒で2個のバケツを吊るして運んでいたのだという。

そして、水を運ぶ際、水をこぼさないように、シュロの葉や、サネン(月桃)の葉を水の上に乗せる工夫をしていたのだという。

さらに、米蒸や蒸留に必要な火力は、近くの大山で切り出した薪を燃やし、蒸留時の冷却水は、天水を貯めたものを使っていたとのことである。

神崎産業の造りの特徴について

ここからは、2023年現在における、神崎産業における、焼酎造りの特徴について、述べていこうと思う。

黒糖焼酎の造りの時期は、毎年行われており、1月から3月に集中して行っている。

これは、原料であるサトウキビや米などの収穫の時期や、麹を育てるときに、暑い季節だと、麹に悪影響になるなどのことが考慮されてのことである。

さらに、周りの温度によって、麹を蒸す時間や、水分量などに影響が出るため、なるべく同じ環境下で焼酎造りを集中した方が、効率が良くて、管理的にも非常にメリットが多いということがある。

もともと神崎産業は、神崎ハツエさん、スミさんが造りを行っていたのであるが、30年ほど前からは、焼酎の造りは忠光さんお一人で全て行っているということである。

忠光さんによると、麹造りに欠かせないのは、人の手で実際に触ってみた感覚、例えば、柔らかさ、固さ、温度など、職人の経験と勘に頼る面が非常に多いのだという。

また、麹だけでなく、一次仕込みや二次仕込みについても、温度管理などは重要で、同じレシピを用いても、周りの温度や、材料の状態などが変わってしまうため、気が抜けないのだという。

そして、自然災害など、外的要因で、安定した米や黒糖の供給が得られない場合などがあり、原料の調達先を変更せざるを得ないことが生じたりするのだという。

完成した焼酎の味わいは、毎年同じにはならないとのことで、熟練した焼酎造りの名人でさえも、納得のいく焼酎ができたと思ったことが無いとおっしゃっていた。

イノウエが何気なく飲んでいる焼酎造りが、こんなにも手間暇がかかり、毎年、毎日が調整の連続の結果の産物だということは、到底、想像ができない。

しかし、イノウエはいろいろな焼酎を飲んでみて、実感していることがある。

機械的に手間暇を省いたお酒よりも、いちいち手の込んだ焼酎の方が、何杯も美味しいのだということ。

つまりイノウエ的には素直に、手間暇のかかった「古酒 白ゆり」を飲んで、あまりにも上品な味わいで、その美味しさに感動したのだ。

そして、「古酒 白ゆり」は、例えば、医者などの送りものに、たいそう、喜ばれるのだという。

イノウエは、忠光さんのお話をお伺いすることで、奄美黒糖焼酎「古酒 白ゆり」の底知れぬ美味しさの正体の一部を知ることができたような気がした。

インタビューに応じていただいた人たち

今回、イノウエの取材でインタビューに応じていただいた人について、記載していこうと思う。

取締役  神崎 忠光(かんざき・ただみつ)氏

今回、イノウエの、電話取材という、わがままな取材に快く応じていただいたのが、神崎忠光さんである。

上でも記載したとおり、忠光さんは、神崎ハツエさんの息子であり、現在、神崎産業の黒糖焼酎造り全般を取り仕切っている、いわば、神崎産業の現在の顔と言うべき人である。

忠光さんは、大阪の大学で応用化学科を専攻されて、大学を卒業されたあと、京都の私立高校で、数学の教員を務められたということである。

実は、忠光さんの父も、もともとは学校の先生をされていたということもあり、親子そろって、勉強熱心な教育者親子である。

そんな忠光さんに、沖永良部島の魅力について、伺ってみた。

沖永良部島では、人を疑うという文化の無いくらいに、人同士を信用し合っている文化があるのだという。

忠光さんの話によれば、沖永良部島にいる人は、善人なので、生まれてくる人も善人だという考え方。

だから、島の出身の人であれば、疑わないという文化があるという話である。

何と素晴らしい島の文化ではないか!

イノウエも子供の頃は、家の近くに小さな山があって、自分の基地を作りに行った記憶がある。

きっと、沖永良部島では、子供たちが親の監視の無い世界で、自由に子供だけで遊びに行ける環境があるのであろう。

ある意味、これは、日本の古き良き文化であり、このような環境下で育った子供たちは、いろいろな、クリエイティブな発想力を養うことができるのだという。

沖永良部島には、日本がかつて、全ての地域が田舎であった時代の、古き良き文化が今なお、生きていると言うことを実感できる島だと感じた。

代表取締役  神崎 ハツエ(かんさき・はつえ)氏

今回イノウエは、詳しく話をお伺いすることができなかったのではあるが、神崎ハツエさんと接触することができた。

しかしながら、イノウエがハツエさんとお話させていただいた時間は、ほんの数分程度の時間であったので、ここでの記載は数行程度にさせていただくことになる。

ハツエさんは、これまでの過去の神崎産業の歴史を支えた人物であり、現在、代表取締役を勤めておられる方である。

ただ、ハツエさんは、現在、焼酎の造りを全くやっていないということだったので、電話でお話できるということが、ほとんど奇跡的なことだったのであるが、少しだけ会話をすることができた。

印象的に、普通のおばさんといった感じの印象であったが、イノウエにとっては、伝説の人とお話することができたという実感が持てて、とても嬉しい思いがした。

これまで、蔵元を支えていただいた、ハツエさんに、心からお礼を言いたい。

「ハツエさん、どうも、ありがとうございます。

そして、これまで、本当にお疲れさまでした。」

神崎産業のお酒がブレンドされている具体的な製品をご紹介

ここでは、沖永良部酒造が製造する、代表的な黒糖焼酎の銘柄のうち、神崎産業が携わっている銘柄について、紹介していこうと思う。

「古酒 白ゆり」

度数:40度

蒸留方式:常圧蒸留

沖永良部酒造でも紹介させていただいたのであるが、「古酒 白ゆり」は、本当に銘酒中の銘酒である。

忠光さんの話によると、「古酒 白ゆり」は、少々付加価値が付いた高級品なので、贈答品としてお渡しすると、たいそう喜ばれることが多いのだという。

また、「古酒 白ゆり」は、度数が40度もあるので、いわば、ウイスキーやブランデーといった感覚でオススメしているということである。

イノウエも思うのは、苦味のあるウイスキーやバーボンに比べて、飲みやすさ以外の要素が無い「古酒 白ゆり」は、ウイスキーやバーボンよりも、断然美味しい。

上でも記載したとおり、「古酒 白ゆり」は、沖酒造、竿田酒造、神崎産業の3つの蔵元のブレンド酒であり、ブレンド酒だからこそ、まろやかでとても上品な味わいになっている。

しかも、「古酒 白ゆり」は、ロック、水割り、お湯割り、ミルク割り、ソーダ割りなど、どの飲み方でも美味しく飲める、万能なお酒である。

みなさんも、記念日などには、ぜひともこのお酒とともに、最高の記念日を過ごしていただきたいも

のである。

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「えらぶ」

度数:30度

蒸留方式:常圧蒸留

奄美黒糖焼酎「えらぶ」も、「古酒 白ゆり」と並ぶ、沖酒造、竿田酒造、神崎産業の3つの蔵元のブレンド酒である。

奄美黒糖焼酎「えらぶ」と「古酒 白ゆり」との違いは、「古酒 白ゆり」の方が、数か月の樽貯蔵期間があって、その分、付加価値が付いているという点である。

さらに、「古酒 白ゆり」は40度に対して、「えらぶ」は30度と、奄美黒糖焼酎の通常の銘柄のラインナップになっている。

「えらぶ」は、常圧蒸留の3社のお酒のブレンド酒ということもあり、昔ながらの基本系の奄美黒糖焼酎が楽しめる一品になっている。

しかも、「えらぶ」は、3年以上の貯蔵期間を経て、長期熟成をさせたお酒であり、焼酎は、熟成させればさせるほど、付加価値がついて、まろやかで飲みやすくなっていく。

さらに「えらぶ」は、ブレンド酒であるにも関わらず、他の蔵元が製造している常圧蒸留酒と、ほとんど値段が変わらないので、いわば、コスパ最強のお酒だといえる。

「えらぶ」は、ブレンド酒らしく、まろやかで、尖ったところがほとんどなく、それでいて、豊かな香りとコクがあるという逸品である。

「えらぶ」はとても豊かな黒糖の芳醇な香りと味わいが感じられる逸品である。

「古酒 白ゆり」と同様、こちらもお値打ち品となっているので、「えらぶ」は超オススメの一品である。

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「美食の島」である沖永良部島の奄美黒糖焼酎は、パンチの効いた飲兵衛のためのお酒である

ここまで、神崎産業について、記載させていただいた。

神崎産業の神崎忠光さんにお伺いした、沖永良部島の人々の特徴に、人を疑うことを知らない人たちというのが、とても印象深いと感じた。

沖永良部島の人たちの夜の時間はとても長いらしく、度数が濃くて、パンチの効いたお酒である。

イノウエは、「古酒 白ゆり」の美味しさに酔い知れていた。

「よし、今晩は、「白ゆり」を徹底的に飲むぞ!」

今回の記事は以上になります。

ここまで読み進めていただき、ありがとうございました。

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